自分が推しの結婚を喜べるタイプの人間でびっくりした

2026年2月10日

あの神木隆之介くんが結婚したという大ニュースが世間を驚かせました

 

例に漏れず私もびっくりしました

結婚したことももちろんそうなのですが、何よりびっくりしたのが…

 

 

「神木くんの結婚を心から喜べたこと」です

 

 

何を言ってるんだという感じですが、私は今まで自分を、「好きな人が結婚したら喜べないタイプの人間」だと思っていたのです

なのですんなり喜べた自分に大層驚きました

 

こう思っていたのには理由があります

 

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初めて勤めた会社で、私の教育係になった人がいました

私の二つ歳上で、優しくて、可愛くて、仕事のできるお姉さんです

本当にアイドルみたいに可愛くて、私はその人のことが大好きで尊敬していました

 

しかしその年のある日

いつも通り私に仕事を指示するその手に、いつもは無いはずの指輪がはめられていました

そうです、結婚したのです

その結婚相手が、11歳歳上のピアスバチバチ金髪デザイナーだというのです

 

私はもうショックでショックで

大変絶望しました

 

そしてその2年後くらいに妊娠

 

目の前が真っ暗になりました

日に日に大きくなるお腹が気持ち悪くて、どうにか流産してくれないかという最低な願いを毎日天に祈ったものです

 

私は別にアイドルに興味はありませんが、ドルオタの人が、アイドル結婚報道に絶望する時こういう気持ちなのだろうと思いました

 

アイドルには常に夢を見せていて欲しい

結婚とか妊娠とかそういうドロっとした現実を匂わせないで欲しい

世界中のみんなを等しく照らして欲しい

誰か1人のものになるなんてそんなの嫌だ、気持ちが悪い

せめて良き相手と幸せに過ごして欲しいのに、なんだ11歳歳上の金髪おじさんって、ふざけてるのか

 

そんなことを思って、彼女の結婚を喜ぶことができませんでした

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こうした理由から、自分は「好きな人が結婚したら喜べないタイプの人間」なのだと思っていました

 

それなのにですよ

そんな私が、神木くんの結婚を喜べたのです

なんなら、お相手の方幸せ者だなと思いを馳せたり、どんな顔でどんなプロポーズしたのかなとか想像したり、お相手のお父さんお母さんは急に家に神木くんが来てびっくりしたろうなとか考えたり…

そんなことすら、気持ち悪がらずに考えられるのです

 

 

なんで?

 

教育係の人と神木くん、何が違うの?

 

 

自分で少し考えたけど、正直まだ答えは出ていません

出ていませんが、なんとなくこれかなと思う理由が2つ出ました

 

 

1つ目「相手」

先ほど言った通り、教育係の方のお相手は(良い人なのかもしれないけど)第一印象はあまり良くない感じ

こんな人に、私の大切な人を任せたくない!と思った

でも神木くんのお相手は一般女性

相手のこと何もわからないから悪く思いようがない

じゃあこれが女優だったら私喜べなかったのかな?わかんないな…

 

 

2つ目「信頼」

教育係の方が結婚したのは、私と知り合って数ヶ月の頃

教育係の方のことは大好きだったけど、彼女を心から信頼できるほどの年月ではなかったかも

でも神木くんのことは私、10年くらい好き

2015年にやっていた「学校のカイダン」で知って虜になりました

そしてこの10年で、演技のみならず、神木くんの誠実さを知りました

その神木くんが選んだ人なら、さぞかし素敵な人なのだろうと思いました

 

 

この2つの理由から、今回神木くんの結婚を喜べたのかなと考えています

でもまだ正直しっくりこない

他にも何か理由がありそう

 

もう数日、自分の心と対話して、答えを探してみたいと思っています

 

 

とにかく、神木隆之介

ご結婚おめでとうございます

これからの人生、あなたがずっとずーっと幸せであることを、心からお祈りしています

投票には行くけど選挙の話はしたくない

今日は衆議院選挙の投票日でした

 

もちろん行きました

選挙権を得てから今日に至るまで、一度も投票を欠かしたことはありません

ちゃんと事前に色々調べた上で投票してます

 

 

選挙の時期になると、街もテレビもSNSも、選挙の話題でいっぱいになりますね

「この党はこんな考えを持っている」だの

「ここにだけは入れるな!」だの

「私はこの党に入れました〜!」だの

 

 

これが私、とても嫌いです

 

 

私は、親が家で選挙の話をしているのを見たことがありません

誰に入れたとか、入れるとか、そういう話をするのはタブーなのだろうとなんとなく思って見ていました

 

なので数年前に連れの方と投票に行った際「誰に投票した?」と聞かれて大層びっくりしました

 

実家を離れた今でも、私は他人に選挙の話を振ることはありません

他人に振られたらほどほどに聞くけれど、本当はあまり聞きたくないです

 

政治には正解が無いと思っています

もしあれば、選挙なんて必要ないはずです

人によって、どこの党や候補者が正義か変わります

 

そんな中「私はここの党クソだと思う」とか「ここの党が正しい」とか言うと、人の気持ちを自分色に染めてしまいそうで怖いのです

逆も然り

私は意思が弱いので、他人にそういう話を振られると、自分の判断基準がぶれそうで怖いのです

 

私はSNSをやっており、特にクリエイターの方をたくさんフォローしているのですが、選挙の話をされると途端に萎えます

「選挙に行こう!」とかの中立な投稿なら良いですが、大体そういう人たちの投稿は、どこかの党に偏った意見だからです

この人の創作物は好きなのに…という惜しい気持ちはありますが、こうなったらもうブロックせざるを得ません

 

 

まっさらな気持ちで情報を見て、

自分が本当に正しいと思う人に投票したい

 

 

だから私は、選挙の話をするのが嫌いです

ばあちゃんだけ遺影に違和感を覚えている理由

「初めての身近な人の死で思ったこと」

パート3

 

今回のテーマ

「ばあちゃんだけ遺影に違和感を覚えている理由」

 

じいちゃんの遺影は、

私が記憶している元気な頃のじいちゃんで、

笑顔でこっちを見ている写真でした

 

参列者みんな口を揃えて「良い写真だね」と

言っていましたが、

ばあちゃんだけは「なんかこの写真、じいちゃんじゃないみたい」と言っていました

 

まぁばあちゃんはずっと一番近くで

じいちゃんの介護をしてきたから、

元気な頃の姿よりも

直近で見た弱った姿の方が印象深いのかな

…と、その時はそう思っていました

 

でも今考えると、

追加でこんな理由もあるのでは?

というとある仮説が浮かんできました

 

 

 

遺影のじいちゃんの笑顔は、皆に向ける笑顔

でも愛しい人に向ける笑顔は、それとは違ったのではないかという説です

 

 

 

人は様々な顔を持っていて、

一言で「笑顔」と言っても

色々な笑顔があります

 

例えば、仕事で使う愛想笑い

友達相手に使う大口開けた馬鹿笑い

親に向ける悪戯っ子のような笑顔

子どもに向ける安心感のある笑顔

くすぐられた時の悲鳴のような笑い

お笑いを見た時の口角が震える笑い

 

そして、

愛しい人に向ける目尻の下がった笑顔

 

 

 

ばあちゃんが70年見続けてきたじいちゃんは、

きっと常にばあちゃんを愛おしそうに

眺めていたのでしょうか

 

だから、遺影の笑顔にばあちゃんだけ

ぴんとこなかったのではないでしょうか

 

 

 

これはあくまで私の仮説です

でも仲良しの2人だから有り得なくはないよね

じいちゃんの素敵な戒名

「初めての身近な人の死で思ったこと」

パート2です

 

今回のテーマ

「じいちゃんの素敵な戒名」

 

戒名ってご存知ですか?

私はつい最近知りました

 

仏教によると、

人は死んだら仏様の弟子になります

弟子になるにはそれ専用の新しい名前が

必要で、それが「戒名」です

 

今回じいちゃんは

4文字の戒名を付けてもらったのですが、

それがとても素敵で感動しました

 

1文字目は、じいちゃんの名前から

2文字目は、安らかにという意味

3文字目は、ばあちゃんの名前から

4文字目は、これからもばあちゃんと2人で歩んでいくという意味

 

じいちゃんとばあちゃんはとても仲が良くて、

いつも一緒で、

もう70年以上ともに人生を歩んできました

 

だから、じいちゃんの戒名の半分が

ばあちゃんのことを表しているという事実に、

2人の深い深い愛を感じました

お経の中に戒名が出てくるたびに泣きました

 

 

 

ばあちゃんは、

じいちゃんの棺桶にお手紙を入れていました

 

「また来世でも結婚しようね」

「早く会いに来てね」と

 

蓋を閉める時も「また早く会おうね」と

言いながら冷たい顔を撫でていました

 

 

 

2人はこれまでも、これからも、ずっと一緒

じいちゃん、

素敵な戒名を付けてもらえて良かったね

死んでほしくなかったけど、死んで良かった

1/7に父方の祖父が死にました

 

12/21に母方の祖父も死にましたが、

あまり会ったことがなく、

遠方で葬儀にも行けなかったため、

「身近な人の死」を経験したのは

実質今回が初めてと言って良いでしょう

 

初めて死を目の前にして

色々考えることがあったので、

それをつらつら書いていきたいと思っています

 

心の内を全部書くと途方もない量になり、

それをまとめる能力もないため、

テーマごとに分けて書いていきたいと思います

 

 

 

今回のテーマ

「死んでほしくなかったけど、死んで良かった」

 

これだけ読むと人の心がないみたいですが

決してそういうわけではありません

 

まず「死んでほしくなかった」について

この感情は大なり小なり誰でも抱えているはず

"死こそ救済!"と心から信じている人は

大分やばめです

 

我が家…特に父親は「死」という言葉を

大層嫌っているタイプでした

もしお風呂に入る準備をしながら

「は?死ねや」などと発言しようものなら、

素っ裸で正座しながら説教を受けたものです

 

なので「死=絶対悪」という考えが、私にも根強く染みつきました

 

 

次に「死んで良かった」について

こう思ったのには、主に2つの理由があります

 

⚫️1つ目

 じいちゃんは元々肺が弱い人でした

 でもばあちゃんの体がそれ以上に弱いので、

 じいちゃんは

 ・ほぼ1人で広大な畑を耕し

 ・ばあちゃんのためにいつも車を出し

 ・買い物の荷物を持って2階まで上がる

 など、それはもう頑張り続けていました

 

 肺は段々弱くなり、少し動いただけで

 すぐにヒューヒュー喉を鳴らすように

 なりました

 

 本当はこの頃に酸素ボンベを付ければ

 もっと楽に過ごせたのでしょうが、

 じいちゃん本人が嫌がったため

 ギリギリまで付けずに過ごしました

 

 しかしその状態で過ごすことに限界を迎え

 3年前くらいからとうとう酸素ボンベを

 付けて生活するようになりました

 その頃にはもうトイレへの往復だけでも

 辛いレベルに達していました

 

 昨年には入退院を繰り返していました

 もはやトイレにも行けず、

 オムツを付けて毎日ぼうっと生きる日々

 大好きな相撲番組を付けても上の空

 コミュニケーションも難しいレベルです

 

 …この通り、じいちゃんはもう何年も何年も

 苦しみ続けていました

 でも死ねて、これでやっと楽になれたのです

 

 もう苦しまなくて良いんだ

 本当に良かった

 長いことお疲れ様

 と、そう思いました

 

⚫️2つ目

 宗教によると思いますが、仏教では

 死んだ人はその後新しい名(戒名)を貰い

 生前の懺悔をした後

 仏様の弟子になるそうです

 

 葬儀の時はお坊さんが長い時間をかけて

 それらの儀式をしてくださいました

 

 そっか

 死んだら終わりじゃないのか

 生前の務めが終わっただけで、

 あとは違う世界で生き続けるだけなのか

 

 そう思い救われた気分になりました

 宗教にハマる人の気持ちも

 今なら少し分かります

 

 

今までは「死=絶対悪」という考えでしたが、

この2つの理由で、

一概にそうとは言えないのかもと

今回考えるようになりました

 

でも例えば、若くして交通事故にあって…

とかであればこう思うのは無理だったでしょう

今回じいちゃんが

・92年も生きて大往生だった

・長く苦しみ続けていた

という状況だったからこの考えになっただけで

 

なので「死=悪ではない」とはまだ言えません

「悪」ではありますが、

「絶対悪」ではないのかもなと

ふと思ったというだけの話です

腐女子に他人の創作を非難する資格はないんじゃないですか?

ついこの前、SNSのフォロワーがこんなことを言いながら怒っていました

 

「このキャラクター(Aくん)はこんなこと言わない💢」

「ちゃんと原作見てる?💢」

「二度と二次創作しないで、本当不愉快💢」

「どうせ自分の好きなキャラだけ見て、他のキャラのことなんてどうでもいいんでしょ💢」

 

わかる〜!ほんとその通り!

しごく真っ当な怒り!

なんだけど…あなたにそれを言う権利はないと、私は思うのね

 

なぜかというと、あなたはいつも

「Bくん(男)×Aくん(男)」

「Cくん(男)×Aくん(男)」

といった、いわゆるBLカップリングの絵を描いているからです

 

 

 

別に私も人の性癖にとやかく口出したくはないよ!

思想の自由!表現の自由

BL好きでもいいと思うよ!

 

でも原作で一切BL表現がないのに、無理やりキャラクターの恋愛事情や感情を捻じ曲げるというのは、キャラクターや原作者、ファンの皆様に対して大変失礼な行為だと思うんですよ

 

別に表現の自由だからBL絵描いてもいいけど、それは原作者や腐女子じゃない人たちがしっかり目を背けてくれているから許されているわけで

「見たくない人は見なきゃいい」って言う人もいるけど、全世界の人が見れるSNSに載せといて何言ってんの?って漢字

 

 

 

ちょっと話が脱線しかけたので戻します

他の誰かが使ったキャラクターでBL絵を描くということは、本当に大変失礼な行為です

Aくんが似合わぬ台詞を吐くのと同じくらい失礼です

 

「ちゃんと原作見てる?」って、

そんなの私があなたに聞きたいよ

 

本当に原作でお互い恋愛感情抱いてるシーンあった?

ましてやCくんは元カノがいたでしょ?

というかさほど絡みもないでしょ?

あなたは原作の何を見てきたの?

 

あなたに、他人の作品を貶める資格なんてないんだよ

貶めたいなら、その前にまず自分の言動顧みてください

 

 

 

最近本屋にも堂々とBL漫画が置かれるようになりましたね

逆に、女性キャラクターの性的な絵が描かれた漫画は減ってきていると風の噂で耳にしました

それは「女性を性的搾取するような本を本屋に置くな!」というクレームが増えたからで、そのクレームを送る人の多くが腐女子らしいです

本当かどうかは知りませんが

 

もしそうだとしたら、なぜ腐女子は「自分の思想はきれいなものである」と勘違いしてしまうのでしょうか

原作設定無視した創作は、全部等しく汚いですよ

 

汚い者同士で罵り合うのはやめてください

全部ブーメランになってますよ

ちゃんと原作見てね

腐女子のゼロから生み出す想像力はもはや尊敬に値する

私は公式が絶対で、それ以外のカップリングは理解できないタイプの人間です


でもいわゆる「地雷」というやつがあるわけではないので、別にSNSで流れてきたら読みますが、みたいなスタンス

 

代表的なのは「一松とカラ松」とか?

まあ腐女子は、仲悪い=カップリングという謎の公式を持ち合わせていますので、まあ分かる

兄弟であるという前提を忘れているような気はしますけどね

 

あとは最近だと「カラスバとセイカ」?

俺のお気に入り暗譜みたいな雰囲気は確かに公式で醸し出されていたので、分かるっちゃ分かる

成人済みのカラスバさんが未成年(と思われる)主人公に手を出すの違和感すごいけどね

 

しかしこの世には本当に色々なカップリングを作り出す人たちがいまして…

なにがどうなってその組み合わせを思いついたのか、甚だ疑問です

 

例えば「きり丸と土井先生」
男同士で、教師と生徒だよ?

どうやったら恋愛感情抱くんですか?

一緒に住んでたらカップリングなんですか?

いいえ、ただの保護者ですよ

 

「カラスバとシロー」!?

落ち着いて!!
その2人ろくに話したことなくよ!?

無から生み出してるよこの腐女子!怖い!

 

「ゾロとサンジ」!?

仲悪い=カップリングにしたい気持ちはわかるけど、サンジは大前提として女好きという設定がありますよね?

それを無視するってどういうこと?

あなたはサンジの何を好きになったんですか?

 

「不死川実弥と悲鳴嶼」!?!?

ここもろくに話したことないだろ!!!!!

どういうことだ!!!

怖いよ私はあなた方腐女子がさぁ!!!

何が見えてるんだよ!!!!!

 

こんな感じでもうなんか…

信じられないカップリングを見るたびに仰天しております

なんなら尊敬すらしています

想像力がすごいね、本当